陽だまりの彼女カウントダウン

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潤くんにならって先人の名言をお勉強

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潤くん愛が溢れすぎて、ときどき熱すぎる語りになる場合がありますが、
生ぬるく見守っていただければ幸いです。^^;



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あゝ、荒野。感想(2)
2011-12-05  

■ラストの対決シーン。
まずは、だいたい記憶にある舞台の様子。と、
その後、だいぶ迷宮をさ迷っている個人的感想を。

ライン
新次とバリカンの戦いは、スローモーションの動きで表現されていた。
繰り出される拳、表情は、本物の試合を見ているように鬼気迫る。

戦う二人同様に、セコンドも観客も、スローモーションで
興奮、熱気、欲望、歓喜、怒号が混じり合う白熱した感情の坩堝。
そして、天使マリーが舞台袖にひっそりと佇み、全てを静かに傍観している。

聖と俗、生と死の両犠牲が交錯し
舞台の中で完璧な一枚の絵であるように芸術的に美しい瞬間を作っていた。

数Rを経て、勝利は明らかに新次へと傾くが、
どんな試合でも軽く笑いを浮かべているという新次は
一つの笑もなく、苦しみに耐えるような表情でひたすら拳を打ち込む。
対して、バリカンはどこか恍惚でさえあるように見える。

新次の拳は止まることがなく、次第にバリカンは血塗れていき、
新次もその血で染まり行く。
もう、バリカンは限界のはずなのに、倒れることなく
新次の打ち込みを浴びる。
純粋で野蛮なリングが二人だけの聖地であるように
誰も止めることがない。

受ける拳の数を数えながらの、バリカンと
そのバリカンを思う新次の、二人のモノローグが悲しくてたまらない。
そして、ついにバリカンがリングに沈んだ時、

新次が倒れ伏した体の傍らに跪き、
一条の光に照らされた静寂の中で、彼を抱きかかえるさまは
正母子像のピエタを連想させるように、やはり美しい。

その二人を残して、バリカンの死亡診断書が読み上げられ、バリカンが本当に死んでしまったことを伝える。

その静寂を破るように、新次の血を吐くような、狂おしい咆哮。
二人を照らしていた光がゆっくりと消え、幕。
ライン

バリカンの死は、悲しく、舞台は美しかった。
そして、新次の咆哮には胸が潰れるような思いがしました。

だけど、私はバリカンが何故、新次によって死にたかったのか?
そこまで思いつめる必要があったのかって、しばらく悶々としてしまいました。

戯曲は読んでいませんでしたが、
原作小説は読んだので結末を知っていたのにもかかわらず、

やはり、目の前に広がった舞台は、あまりにリアルに響きすぎて、
その不条理な死に対し、

なんで?なんで、死ななくてはならなかったの?と。
本気で思ってしまいました。


自殺研究部の相沢は、たくさんの自殺しそうな人を研究した結果、ただの絶望では人は死なないと言った。
「死ぬための熱狂」がなくては駄目だと。
では、バリカンは、世の中の誰とも愛し愛されることが叶わないことにもがき
父親以外に唯一、何らかの強い想いを持つ事ができた新次と
拙い言葉ではなく、二人だけに通じる拳で対話しながら殺されることを熱望したのか?

原作の小説では確か、バリカンが唯一憎むことが出来たのが父親であり
唯一愛することが出来たのが新次だったと書いてあったけれど。

死にたいほどの熱狂は、正直、今の私からは想像を超えているんです。
なので、バリカンが何故、新次に殺される事を望んだのか、
その気持ちを理解するのは一時保留にしまして・・・、

バリカンの気持に到達できないあまり、ちょっと違う視点から考えることにしました。
新次はバリカンの憧れた夢想、幻だったのかもしれない。
あるいは、バリカンが新次の一部だったのかもしれない。
新次がバリカンの想いの全てを受入れるという形で
新次の中にある、バリカンの心の死、融合という比喩だったのかもしれない

また彼の、死にたいくらいの衝動には共鳴できなくても、バリカンのような臆病さは、きっと誰もが心の片隅に持っていて、その象徴だったのかもしれない。


・・・と、思ってみたりもしました。
そう、新次が、バリカンにあの公園で言ったように、すべて幻だったのではないかと。
物語としては幻想的だ。

などと、考えてみて、うーん。そういう側面はあるにしても、
やはり何か、新次をそんなフワリとした観念的で抽象的な存在として終わらせることにも、違和感を覚えてしまったのです。

あんなにも鮮やかで、強烈なオーラを発し、徹底して、現実を見据える男が
幻なわけはない。
幻を見て終わったわけはない。

とすると、やはり新次もバリカンも比喩でなく、全く別々の他者として確実に存在していたのだろう。・・・だけど、バリカンはその現実にこそ、耐えられなかったのかもしれない。

新次は「あいつは殺されることで俺とのっぴきならない関係になろうとしている」
と言っていましたが、
バリカンは肉体の死によって現実的に新次の中で心の融合、永遠を手に入れる夢を熱望していたのかな。

そして、もしもバリカンが死なず、新次と共に成功者の仲間入りを果たし
爽やかに物語が終わったら
私も「ああーよかった。いいお話だった」と、少し余韻に浸って、スルリと忘れてしまったかもしれない。

それが、新次の手によって自殺することで、バリカンは彼の中に一生棲み続ける痛みを残し、また、観客にも傷を残した。
そして、深く、深く考える。
バリカンと寺山修司の思惑は、死によって成功したのでしょうか。


私が、バリカンの死の本当の理由をいくら想像しても、それが正解であるかどうか分からないように、所詮、他人とは完璧に理解し合えるものでなく、
綺麗に収まる予定調和なんてこの世にはない。

なぜなんだ?!と言わずにはおれない不条理な結論はたくさんある。

死んでしまったら終わりじゃないか!死ぬ必要なんてあったの?!と
どれだけ言っても届かない、
その違いが人間である。

死にたくなることはあっても、簡単に死ないのが人間
だけど、突然あっけなく逝ってしまう人もいる。
常に、どうにもならない別れはある。それが人生だと。

どんなに親しんだ者でも、計り知れない他者であることには変わりなく
バリカンを胸に抱いた新次の最後の咆哮は、その全てを受け止めようとする、孤独と哀しみと怒りと愛と、全ての感情が綯交ぜになっていたのだと思います。

また、ラストが鮮烈ですが、どのシーンもラストに繋がる暗示的な言葉があって
意味の無い場面がなく、舞台のバラバラな場面のパーツ、人々の言葉が、
少しづつラストの、何故?に、答えを見出すヒントになっていたように思います。

そういうものを辿ると、
新次は、芳子の深い悲しみを、あっさりと受け止められる程の経験を、もうしていて、けれど、ああも強く前を見据えていたし、
バリカンと対決し、友の最後の悲痛な願いさえ受入れる覚悟をしていた。

そして、辛さ、痛み、ハングリーな精神だけでなく、
楽しいこと、温かいこと、時には栄光の為には邪魔と思われる安らぎ、そういうものを抱えても、戦えると言い放ち、リングに挑んだのだから、
きっと、この人生の痛烈な痛みも、抱きしめ、立ち上がるに違いないと思えるのです。


新次もまた、いつか壮絶な死を迎えるのかもしれない、
それとも、案外、妻と子供に囲まれて安らかに・・・。

どちらにしても、バリカンの命を引き受けた新次は、
きっと、命の限り、魂を燃やして生きるだろうと、
楽しいことも、辛いことも、人生における全てを受け止め、生きる覚悟をする。
そういう男だと思います。


ただ、この物語が、男たちだけのものだったら、やはり少々、救いのない印象になったかもしれません。

ここに出てくる女性は、皆、愛情深く、男たちを見守っています。
娼婦の女たちも、底辺の生活を自覚しながらも、どこか開き直った明るさと慈愛があり、

暗い過去を持つ芳子も、女性特有の呑気で楽観的な柔軟さと強さを秘めていて、
新次によって変化をもたらされてからは、さらに柔らかく、優しい匂いのする女性というイメージです。

彼女がいつか、新次の子供を宿し、
まろやかな家庭を築くのではないか、
安らかなバランスを彼にもたらすのではないかという優しい夢も、また良しですね。


そして、季節がめぐり、歳月が流れ、いつか、
バリカンの墓に参った新次は
「よう、バリカン。今日は二人だけで飲もうぜ」
なんて、少し笑みを浮かべて、墓の前で杯を交わすのではないかという気がします。

新次の生き方を通して見ることで
この物語は単なる悲劇ではなく、人生の哀しさも、苦しさも、愛も、別れも、全てをひっくるめて
「生きる覚悟はできたか?」
そう問うているのではないのかと、思いました。



んー、さて、私は滅びそうな程、純粋であやうい物語は大好きなのですが、
痛みを知り、迷い足掻いても
情熱を捨てず前に進もうとする人が好きなので
今回、本当に滅びてしまうと悶々としてしまう、楽観主義者だという自分も、わかりました。

あ、でもバリカンも好きなんですよ。
幼い子、幼かった頃のことを思って、抱きしめてあげたくなる感じです。

あまりに内容が濃く、どの人々にも、感情を揺さぶられる部分があり
もっと、もっと、色々と思うことはあったのですが、
本当に、終りがない・・・というか、後から後から色々な気持ちが呼び覚まされ、まとめきれそうにないので、この先は心の中で思いを馳せようかと。




そして、そして、新次から数日後に見た、日テレ歌の祭典「ベストアーティスト2011」
ああ、潤くんだ!って
何かまた、違う意味で感無量になってしまいましたっ!(涙)

あまりに新次が強烈すぎて、頭の中が新次、新次で一杯になっていたのですね。
キラキラで、スターで、笑顔が優しい、いつもの潤くんを見てホッとしちゃいました。

あぁー、潤くんいたっー!って。

そうか、新次はあの時、確かにあそこに生きていたけど
やっぱりあの人は、男たちの描いた夢だったんだ。と、
やっと現に帰ってこれた気がしました。^^

あ、でも潤くんも乙女の夢なのかもしれない。なんて。
あまりのキラキラ王子っぷりに、鼻血出そうになりながら思いました。

すべて幻・・・?


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2011-12-05(Mon) 11:54| あゝ、荒野| トラックバック 0| コメント 0

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