陽だまりの彼女カウントダウン

今日の名言・格言集

潤くんにならって先人の名言をお勉強

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おれんじ

Author:おれんじ
まったり更新中。
潤くん愛が溢れすぎて、ときどき熱すぎる語りになる場合がありますが、
生ぬるく見守っていただければ幸いです。^^;



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Happy Birthday!
2013-08-30  


敬愛する松本潤様へ。
ご無沙汰しておりますが、潤くんの活躍は欠かさず拝見し、いつも楽しませて頂いてマス。

最近、ブログに関してまったりし過ぎのワタクシですが・・・。
(いや、まったり通り越してますネ。
・・・どうしても、これだけは言わせてくださいマセ。
30歳のお誕生日、おめでとうございます。

節目の年になりますが、その年齢にふさわしく、ますます心身ともに素敵な男性になられ
そんなあなた様が眩しくて仕方ない今日この頃です。

潤くんは、いつもキラキラと輝く光を見せてくれる。
我らがHEROです


普通の人よりずっと多くの人々のいろいろな思いを受けて、私たちの前に立っていてくれる潤くんは
沢山、沢山の良い人々に囲まれていますが、
その分、心無いものもあるはずで、きっと胸を痛めることもあるのだろうけれど
そんなことは、おくびにも出さず、
いつもファンの想い、周囲の想いを丁寧に受け取って
毅然と、そして優しく、光ある方へ導いてくれる。
潤君の姿に、

その裏にどれほどの努力があるのか、
あなたの勇気と温かさに
胸がいっぱいになってしまいます。

そんな潤くんにいつも幸せをもらっている私は
つまづいた時、諦めそうになった時、
少しでも、あなたのような真心のある、勇敢で優しい人になりたいと、何度も思います。
そう思わせてくれる、潤くんに出会えたこと、本当によかった。
ずっと応援しています。
30歳の今年も良きことがたくさん降り注ぎますように。
潤くんのこれからが、ますます幸せに満ちていることをお祈りしています。

 Happy Birthday!


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2013-08-30(Fri) 21:50| 松本潤| トラックバック 0| コメント 0

29歳おめでとうございます!
2012-08-30  

今年も、ますますキラキラ輝いている潤くんを見ることが出来て、
幸せや、勇気や、負けずに前進する気持ちや、

沢山の、ステキな心を貰っています。(^-^)/


ああ!お誕生日があと数分なので、
日付回る前に一言、ネットの片隅で言わせて下さい。


Happy Birthday潤くん!
たくさんの言い切れない程のありがとうを!


また、後ほど改めて愛を語ります。


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2012-08-30(Thu) 11:55| 松本潤| トラックバック 0| コメント 0

あゝ、荒野。感想(2)
2011-12-05  

■ラストの対決シーン。
まずは、だいたい記憶にある舞台の様子。と、
その後、だいぶ迷宮をさ迷っている個人的感想を。

ライン
新次とバリカンの戦いは、スローモーションの動きで表現されていた。
繰り出される拳、表情は、本物の試合を見ているように鬼気迫る。

戦う二人同様に、セコンドも観客も、スローモーションで
興奮、熱気、欲望、歓喜、怒号が混じり合う白熱した感情の坩堝。
そして、天使マリーが舞台袖にひっそりと佇み、全てを静かに傍観している。

聖と俗、生と死の両犠牲が交錯し
舞台の中で完璧な一枚の絵であるように芸術的に美しい瞬間を作っていた。

数Rを経て、勝利は明らかに新次へと傾くが、
どんな試合でも軽く笑いを浮かべているという新次は
一つの笑もなく、苦しみに耐えるような表情でひたすら拳を打ち込む。
対して、バリカンはどこか恍惚でさえあるように見える。

新次の拳は止まることがなく、次第にバリカンは血塗れていき、
新次もその血で染まり行く。
もう、バリカンは限界のはずなのに、倒れることなく
新次の打ち込みを浴びる。
純粋で野蛮なリングが二人だけの聖地であるように
誰も止めることがない。

受ける拳の数を数えながらの、バリカンと
そのバリカンを思う新次の、二人のモノローグが悲しくてたまらない。
そして、ついにバリカンがリングに沈んだ時、

新次が倒れ伏した体の傍らに跪き、
一条の光に照らされた静寂の中で、彼を抱きかかえるさまは
正母子像のピエタを連想させるように、やはり美しい。

その二人を残して、バリカンの死亡診断書が読み上げられ、バリカンが本当に死んでしまったことを伝える。

その静寂を破るように、新次の血を吐くような、狂おしい咆哮。
二人を照らしていた光がゆっくりと消え、幕。
ライン

バリカンの死は、悲しく、舞台は美しかった。
そして、新次の咆哮には胸が潰れるような思いがしました。

だけど、私はバリカンが何故、新次によって死にたかったのか?
そこまで思いつめる必要があったのかって、しばらく悶々としてしまいました。

戯曲は読んでいませんでしたが、
原作小説は読んだので結末を知っていたのにもかかわらず、

やはり、目の前に広がった舞台は、あまりにリアルに響きすぎて、
その不条理な死に対し、

なんで?なんで、死ななくてはならなかったの?と。
本気で思ってしまいました。


自殺研究部の相沢は、たくさんの自殺しそうな人を研究した結果、ただの絶望では人は死なないと言った。
「死ぬための熱狂」がなくては駄目だと。
では、バリカンは、世の中の誰とも愛し愛されることが叶わないことにもがき
父親以外に唯一、何らかの強い想いを持つ事ができた新次と
拙い言葉ではなく、二人だけに通じる拳で対話しながら殺されることを熱望したのか?

原作の小説では確か、バリカンが唯一憎むことが出来たのが父親であり
唯一愛することが出来たのが新次だったと書いてあったけれど。

死にたいほどの熱狂は、正直、今の私からは想像を超えているんです。
なので、バリカンが何故、新次に殺される事を望んだのか、
その気持ちを理解するのは一時保留にしまして・・・、

バリカンの気持に到達できないあまり、ちょっと違う視点から考えることにしました。
新次はバリカンの憧れた夢想、幻だったのかもしれない。
あるいは、バリカンが新次の一部だったのかもしれない。
新次がバリカンの想いの全てを受入れるという形で
新次の中にある、バリカンの心の死、融合という比喩だったのかもしれない

また彼の、死にたいくらいの衝動には共鳴できなくても、バリカンのような臆病さは、きっと誰もが心の片隅に持っていて、その象徴だったのかもしれない。


・・・と、思ってみたりもしました。
そう、新次が、バリカンにあの公園で言ったように、すべて幻だったのではないかと。
物語としては幻想的だ。

などと、考えてみて、うーん。そういう側面はあるにしても、
やはり何か、新次をそんなフワリとした観念的で抽象的な存在として終わらせることにも、違和感を覚えてしまったのです。

あんなにも鮮やかで、強烈なオーラを発し、徹底して、現実を見据える男が
幻なわけはない。
幻を見て終わったわけはない。

とすると、やはり新次もバリカンも比喩でなく、全く別々の他者として確実に存在していたのだろう。・・・だけど、バリカンはその現実にこそ、耐えられなかったのかもしれない。

新次は「あいつは殺されることで俺とのっぴきならない関係になろうとしている」
と言っていましたが、
バリカンは肉体の死によって現実的に新次の中で心の融合、永遠を手に入れる夢を熱望していたのかな。

そして、もしもバリカンが死なず、新次と共に成功者の仲間入りを果たし
爽やかに物語が終わったら
私も「ああーよかった。いいお話だった」と、少し余韻に浸って、スルリと忘れてしまったかもしれない。

それが、新次の手によって自殺することで、バリカンは彼の中に一生棲み続ける痛みを残し、また、観客にも傷を残した。
そして、深く、深く考える。
バリカンと寺山修司の思惑は、死によって成功したのでしょうか。


私が、バリカンの死の本当の理由をいくら想像しても、それが正解であるかどうか分からないように、所詮、他人とは完璧に理解し合えるものでなく、
綺麗に収まる予定調和なんてこの世にはない。

なぜなんだ?!と言わずにはおれない不条理な結論はたくさんある。

死んでしまったら終わりじゃないか!死ぬ必要なんてあったの?!と
どれだけ言っても届かない、
その違いが人間である。

死にたくなることはあっても、簡単に死ないのが人間
だけど、突然あっけなく逝ってしまう人もいる。
常に、どうにもならない別れはある。それが人生だと。

どんなに親しんだ者でも、計り知れない他者であることには変わりなく
バリカンを胸に抱いた新次の最後の咆哮は、その全てを受け止めようとする、孤独と哀しみと怒りと愛と、全ての感情が綯交ぜになっていたのだと思います。

また、ラストが鮮烈ですが、どのシーンもラストに繋がる暗示的な言葉があって
意味の無い場面がなく、舞台のバラバラな場面のパーツ、人々の言葉が、
少しづつラストの、何故?に、答えを見出すヒントになっていたように思います。

そういうものを辿ると、
新次は、芳子の深い悲しみを、あっさりと受け止められる程の経験を、もうしていて、けれど、ああも強く前を見据えていたし、
バリカンと対決し、友の最後の悲痛な願いさえ受入れる覚悟をしていた。

そして、辛さ、痛み、ハングリーな精神だけでなく、
楽しいこと、温かいこと、時には栄光の為には邪魔と思われる安らぎ、そういうものを抱えても、戦えると言い放ち、リングに挑んだのだから、
きっと、この人生の痛烈な痛みも、抱きしめ、立ち上がるに違いないと思えるのです。


新次もまた、いつか壮絶な死を迎えるのかもしれない、
それとも、案外、妻と子供に囲まれて安らかに・・・。

どちらにしても、バリカンの命を引き受けた新次は、
きっと、命の限り、魂を燃やして生きるだろうと、
楽しいことも、辛いことも、人生における全てを受け止め、生きる覚悟をする。
そういう男だと思います。


ただ、この物語が、男たちだけのものだったら、やはり少々、救いのない印象になったかもしれません。

ここに出てくる女性は、皆、愛情深く、男たちを見守っています。
娼婦の女たちも、底辺の生活を自覚しながらも、どこか開き直った明るさと慈愛があり、

暗い過去を持つ芳子も、女性特有の呑気で楽観的な柔軟さと強さを秘めていて、
新次によって変化をもたらされてからは、さらに柔らかく、優しい匂いのする女性というイメージです。

彼女がいつか、新次の子供を宿し、
まろやかな家庭を築くのではないか、
安らかなバランスを彼にもたらすのではないかという優しい夢も、また良しですね。


そして、季節がめぐり、歳月が流れ、いつか、
バリカンの墓に参った新次は
「よう、バリカン。今日は二人だけで飲もうぜ」
なんて、少し笑みを浮かべて、墓の前で杯を交わすのではないかという気がします。

新次の生き方を通して見ることで
この物語は単なる悲劇ではなく、人生の哀しさも、苦しさも、愛も、別れも、全てをひっくるめて
「生きる覚悟はできたか?」
そう問うているのではないのかと、思いました。



んー、さて、私は滅びそうな程、純粋であやうい物語は大好きなのですが、
痛みを知り、迷い足掻いても
情熱を捨てず前に進もうとする人が好きなので
今回、本当に滅びてしまうと悶々としてしまう、楽観主義者だという自分も、わかりました。

あ、でもバリカンも好きなんですよ。
幼い子、幼かった頃のことを思って、抱きしめてあげたくなる感じです。

あまりに内容が濃く、どの人々にも、感情を揺さぶられる部分があり
もっと、もっと、色々と思うことはあったのですが、
本当に、終りがない・・・というか、後から後から色々な気持ちが呼び覚まされ、まとめきれそうにないので、この先は心の中で思いを馳せようかと。




そして、そして、新次から数日後に見た、日テレ歌の祭典「ベストアーティスト2011」
ああ、潤くんだ!って
何かまた、違う意味で感無量になってしまいましたっ!(涙)

あまりに新次が強烈すぎて、頭の中が新次、新次で一杯になっていたのですね。
キラキラで、スターで、笑顔が優しい、いつもの潤くんを見てホッとしちゃいました。

あぁー、潤くんいたっー!って。

そうか、新次はあの時、確かにあそこに生きていたけど
やっぱりあの人は、男たちの描いた夢だったんだ。と、
やっと現に帰ってこれた気がしました。^^

あ、でも潤くんも乙女の夢なのかもしれない。なんて。
あまりのキラキラ王子っぷりに、鼻血出そうになりながら思いました。

すべて幻・・・?


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2011-12-05(Mon) 11:54| あゝ、荒野| トラックバック 0| コメント 0

あゝ、荒野。感想(1)
2011-12-05  

舞台の全てが印象的と言ってもいいほど、どの場面も鮮烈で、意味をもったシーンだったので、全部をレポしようと最初は意気込んだのですが、
文字数が膨大な事になってしまうので断念。
断腸の思いで、自分的な要点だけをザックリ抜き出しました。

キャスト、演出、全てが、架空の新宿そのものに感じられ、すっかり、この世界に入り込んでしまったため、演技論、演出論は語りません。(語るほどの言葉も持っていません。^^;)
そして、今回ばかりは、潤くんキャー!も無しで。^^

(1)はあらすじ混じりのキャラ解釈で、(2)でこの作品の感想書いてます。
でも結局、自分のための覚書みたいになってしまいました。
だいぶ、とっ散らかってます。
えーと、それから「 」内の話し言葉は、多少要約していて、セリフそのままではない所もあります。

読みにくいとは思いますが、メモリアルとして、愛をこめてここに記します。




死の誘惑、セックス、暴力、親に対する愛憎、性のコンプレックスなど、普段タブーとされ口にすることもできずに閉じ込めたままの、人々の心の深淵を見るような舞台。
だけど新次はそこから何度でも再生する希望であると私には思えました。

全ての人々の言葉が、一見バラバラなようでいて、
謎解きのように、最後の新次とバリカンの対決に繋がっているのですが、
そうとは思わせないほど、
どの登場人物も、それぞれに必死で現実にもがき、それぞれが生に苦悩する人間模様を描いています。
また、不格好に生きるすべての人が、痛々しくも愛おしく感じるのは、
この舞台に関わったすべての人が、愛を持ってこの作品を作りあげたからでしょうか。

コラージュのように様々な心情が織り込まれている作品なので、その時の心境によって全く違う感想をもち、違う人に愛着を持つと思いますが、
今回、私は新次と芳子に、特に肩入れしてしまったようです。


ライン
■新次、
天井にはジャズ喫茶、銀映館、トルコ風呂、COFFEEといった、赤や緑のネオンがまたたき、
人々が行きかい、床屋の赤と青のサインが回る。
中央でパワーショベルの上に乗った演歌歌手が朗々と歌い上げ、

埃っぱく雑然とした昭和の香りのする街が、徐々に舞台上に完成された。
そんな中、トラックの屋根に乗った新次が仁王立ちで、
新宿の街を睨めつけるように登場する。

まだ何者でもないが、何者かになろうという野望にギラついていて、
雄の色香を漂わせていた。

物腰は悠然として、常に現実を油断なく見据えるような視線かと思えば、
欲望と言えるほどの熱い夢について、飢えたように語る男。

けれど、野生のものがそうであるように、常に自己に集中し、
他者を陥れようとする雑念がないために、一見してチンピラ風だが、汚れがない。

他に迎合しない強さからそれが不遜にも映り、人から強い反感を買いやすく、反面、誰もが無視できないような、強烈な個と美しさで、人々の心を揺さぶらずにおかない存在。


■バリカン、ボクシングに天賦の才を持っているが
この世界の泳ぎ方を知らず、今にも溺れそうにもがいている。
繊細すぎる青年。

明らかに異質であるが故の孤独な二人だからこそ、新次とバリカンは共鳴したのでしょうか。


■芳子、つかみどころがなく不思議な透明感と色気がある
少女のような女性。
彼女が身を包む、赤いコートと赤い長靴は
童話「赤ずきん」を準えているように思います。

・芳子の告白
幼少期から思春期まで母とその男達の元でどう暮らしてきたか、
そして、結果として母を殺したこと、
そうしなければ自分が殺されていたという芳子の話を聞き終えると、
新次は気のないような大きなあくびをする。
一瞬気が削がれたように「なによ、それ」という芳子に、
「俺は女の話は一切信用しないんだ。もしかしたらそれは本当のことかもしれない。でもな、それが一体どうしたっていうんだ」と言う。

それに対して「親殺しの女なんて嫌でしょう?」「自分の親を殺した人間なんて嫌でしょ?」と、確認するように、問う芳子。
新次は「別に」と、
そして「殺されたのはお前だろ」とサラリと言う。

そこには深い痛みの前に口先の同情が何の役にも立たないと知っている、
新次のこれまでに背負ってきた過去が伺えた気がします。

「わかるぜ・・・俺にはわかるんだ、一度殺されたことのある人間は、もう誰も信じない。誰かを愛しても、どうしていいのかわからない。だからその相手を徹底的に痛めつけようとする。傷つけようとする。自分がそうされたように」
「そんな単純んじゃないわ、私」
「そうかい。どんな風景を見て生きてきたのか知らないけど、俺はお前が好きだぜ」

そして彼女の罪も哀しみも、責めるでもなく労わるでもなく、
ただあるがままの事として受け入れたような、端的な許しの言葉は、彼女の心に凝り固まった闇を、震わせたに違いないと思うのです。

芳子のある種の幼さを滲ませる様は、母やその情夫よって心理的に殺された時に、彼女の時間もまた止まってしまった為かもしれない。

幾人もの男とセックスをすることで、凄惨な記憶のやり直しをしようとしていた芳子。
それに終止符を打てたのは、新次だけだったのではないでしょうか。

後に、何度も逢瀬を重ねた芳子が
「あんたがさっき、口の中で射精したのが、あたしの心臓までとどいたらしいの。」「心臓が濡れているの。胸の中が、雨上がりのようにすうっとしている」
という表現でそれを現してると思います。


■早稲田大学自殺研究会、社会のレールに上手く収まった、子息、息女。
虚無に囚われていて、理屈屋でバーチャルな世界観を持つ。

自殺研究部が会合をしている喫茶店。
川崎が「何しろ僕は21年かかって死ぬ準備をしてきたんだ、生まれてからずっとね」と仲間と語っていると
今しがた店に現れ、ソファのふちに腰掛けた新次がふいに
「じゃあ、あんた方はいつ、生きる準備をしたんだね?」とシレッと話に加わる。

粗野な闖入者の新次を馬鹿にしきった態度の研究部の面々の中で
川崎と、相沢は比較的友好的だ。
頭のいい人特有の切り替えの速さがある。

「自殺は弱いものいじめだ、誰と戦っても勝てないから自分を虐める」と言う新次に
「単純だな、もっと崇高で気高いものも人間にはあるんだよ」と反論する川崎だが、言葉は空虚である。

新次のボクサーの話しに話題を振った川崎に答え
「自分がすごくなるのは分かっているが、どう凄いのかは俺にも分かんねぇな、
見てのお楽しみってやつだ。
いずれチャンピオンになるし雑誌を飾るだろう。
今のうちにそばで実物をじっくり見ておいたらいい」
と、安々と迷いなく自分のリアルな欲望を言い放つ新次に
興味を引かれた様子の二人は、新次の試合の切符を買い試合を見に行くと約束する。

野生のような新次と、社会に培養された自殺研究部の面々の
偶然でしか出会わない対局が面白く、世界に奥行を与えています。

また、自殺研究会は、後の新次とバリカンの運命を暗示するような存在でしょう。

■バーにて新次と片目の会話。

饒舌だが、自分の弱みは容易には見せない周到な用心深さを備えている新次にとって、片目は数少ない肩の力を抜いて弱い部分も含めた本音を言える相手のよう。

「・・・俺はこう見えて実は努力家だから、いつだって鍛えていなきゃダメなんだ。ムショにいた時だって、トレーニングを欠かしたことなんてなかった。いつかこの肉体で社会に切り込んでいくんだ、だから鍛えておかなきゃ、もし自分の番が来たときには、運命に打ち倒されてしまうんじゃないかと恐れていたからだ、本当は俺の方が臆病者で、バリカンの方が勇気があるのかもしれないな」と落ち着いたトーンで語る新次。
片目といるときは、いつもの人を食ったような笑ではなく、時に歳相応の柔らかい笑を見せる。
新次にとって片目は父親のような存在だろうか。


■公園での新次とバリカンの会話。
バリカンの話は、ほとんどの人が話を聞いていないか、途中で遮られてしまうか、
黙って聞いてくれる彼に一方的に話すだけで、まともな対話が成り立たないが、新次とは、吃りこそあれ対等な会話が成立している。

けれど、バリカンの思考は暗い。
そんな彼に、ジャングルジムに登った新次が「来いよ」と手を差し伸べる。
地上よりは幾分高い目線で、街と空を見る二人。

夕暮れの時が過ぎ、街のネオンの燃えるような赤と、瞬きはじめた空の星しか見えない夜の闇へと時が移り、
語り合う束の間、新次とバリカンは、世界に二人だけのように強く心を通わせたように見えたのですが、

この後、バリカンは新次とボクシングで対決するために、事務所を移る決意を片目に打ち明けるんですね。
新次へはバリカンからの手紙が届きます。

ラブホテルのベッドでそれに目を通した新次は
芳子の呑気な問いかけに
緩慢な仕草と、苦いものを飲んだような重い声で、
しかし、芳子に変化を気付かせないくらいのクールさを持って、対戦相手であるバリカンのことを、自分自身に言い聞かせるように話す。

それに対して芳子は新次への想いに夢中で、あまり真剣に聞いている気配はなのですが、
男女というものは、ある部分では全く相容れない、分かり合えていなくても
元から違うのだから気にも止めないという、怠惰な隙があるからこそ、救いがあるのかもしれません。


■そして、別々の場面で進行していた物語が一つの舞台に集まる。
ラブホテルでは「私たち結婚するの?」と聞く芳子に「知るか」とそっけない新次。
喫茶店で独白するバリカン。
廃墟で会合をする自殺研究会の人々。

もう一度「結婚するの?私たち」と聞く芳子に
今度は半ば吹っ切ったように「子供何人ほしい?」と新次が明るく答えたところで、
雷鳴がとどろく。

暗転。
舞台中央に立っている新次。
周りは、今まで別の場所で出会っていた、または出会ってもいない人々が取り巻いている。
口々に「裏切り者!」「お前は誰だ!」と責め立てる声。
ジャングルジムから覗いた川崎が「お前の欲望はそんなちっぽけなものだったのか」と問い詰める。片目もいる。
激しく責め立てる声が止は止まない。

これは、新次という圧倒的な光を放つ存在に、勝手に期待していた傍観者の失望の声と、新次自身の内面の葛藤の両方を表しているように思います。

芳子と子供を作り、平凡な家庭の幸せに逃げようとする新次に対して
お前はそんな何処にでもいるような男だったのか!と。

自殺研究部の川崎は尚も辛辣な言葉を投げかける。
彼もまた、新次に憧れ、夢を見せてくれることを熱望した一人なのだろう。

いつしか「お前は誰だ!」の声は、
客席の方に向かう。
観客を覚醒させるように声は大きくなる。

しかし、新次はシャドウボクシングをしながら、応える。
「俺は・・・俺に与えられたものは全て頂戴するんだよ。生きる喜びも、哀しみも全部な。あれはいいけどこれは嫌だなんて、そんなつまんねえ事はいわねえ。
ディズニーランドがいけないのか?楽しいじゃないか。悪いかよ。
ポップコーンだって食うぜ。お面だってかぶるぜ。それが楽しきゃな。
・・・・頼むからお前らの惨めな人生を、俺に投影しないでくれよ。俺の欲望は大きいんだぜ。お前らとは違うんだ!」
「俺は俺だ!この肉体が俺だ!」と挑むように言い放つと、傍観者の合唱のような声が止む。

舞台からおり、一人になった新次は「俺は、受け入れるよ。栄光のために、勝利のために何もかも受入れる」と決意するように言うと。

「バリカン!お前の亡骸さえ、俺は抱きしめてやるぜ!」
と叫びます。
同じ夢に向かい、心を通わせたはずの友から突きつけられた、残酷で切実な願いとも、勝負することを誓うように。



■後楽園ホール二人の対決の日。

二人の戦う白いリングが中央に
死んでしまった娼婦のマリーが、そのリングの前に天使となって現れる。
柔らかな白い光の中、
影となって宙に浮かびあがるマリーの姿は神聖な儀式の始まりを連想させ、
この戦いの行方を暗示するような重々しさで、観客を最後の舞台に誘う。
ライン
以下、(2)続きマス。
なんか・・・既にとりとめもなくなってますがー。
やはり、最後の結末についてが一番、悶々としましたし、考えさせられ
書いて置きたかったことなので、別紙(2)へ、つづく→


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2011-12-05(Mon) 11:53| あゝ、荒野| トラックバック 0| コメント 0

あゝ、荒野、千秋楽。
2011-12-02  

本日、あゝ、荒野の千秋楽無事に幕が降りたそうですね。
潤くん、そしてカンパニーの皆様、本当にお疲れ様でした。

いろいろな所から、とても良い評判を聞きました。
あれだけの熱い舞台を終えて、潤くんは今どうしているかな?

ホッとして、どこかで乾杯してるでしょうか?

ワタクシも今回この公演を通じてお友達になれた潤くんファンの方と、
ささやかに祝杯を上げていました。


今回、幸いなことに1公演観劇することができました。

この心揺さぶられる作品を、一言で言い表せないので、
後ほど改めて、思ったことを、ワーワー書かせていただこうと思います。

とても複雑な心境になったし、考えさせられる作品だったので
上手くまとめられる気はしないのですが、
書き留めて整理しないと窒息してしまいそうなくらい、心が波だったことは確かです。

今は、素晴らしい舞台を作り上げたくれた全ての方に、心から拍手を送らせて頂きたい心境です。バラ





↑と、これを書いたのが2日だったのですが、
久しぶりに更新したので、記事を「公開」にするのを忘れてました。
(舞台内容に触れた新しい記事を書こうとして、今、気がつきましたー。わーん。
今日はもう、4日ですが、一応書いた日時の2日でUPします!


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2011-12-02(Fri) 23:02| あゝ、荒野| トラックバック 0| コメント 0

カテゴリ

一応、分けてますが、ほとんど潤くん絡みの話題でーす。

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チョットしたメモ&リンク

潤くんに関する個人的ミニメモ。


◎ TV ◎
  • 9/23 はじまりの歌
    (月・祝)【NHK総合】
    午後7時30分~8時43分


  • ◎ CM ◎
  • 9/24 明治から大人のきのこの山、たけのこの里【新発売】
【meiji提供番組】
■とくダネ(水フジ8:00)
■ひるおび(月-金TBS11:00)
■報道ステーション(水テレ朝21:54)
■すぽると(土フジ)
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